2010/11/09 (Tue) 15:33
思いつき
こんにちは。
事務局の永谷です。

 


たった今、ふと思ったのですが、
「モエレ沼公園 あそびかた集」みたいなのを作ったら愉快じゃないでしょうか。

そもそも、私は「モエレ沼公園の活用を考える会」という名称を聞いて、
「ああ、きっと、いかにしてモエレ沼公園で楽しく遊びうるのかを、ものすごく考えている人たちの集まりなんだろうな」「モエレ沼公園で遊び狂って、その楽しさをいかに味わうかを考えるのは、大変愉快そうだ」

とか勘違いしたのが、MFCに足を突っ込むきっかけだったのです。

モエレ沼公園は普通の公園とは違います。
遊び方が決まった遊具やテーマパークではありません。
そこには彫刻のこころや、ランドスケープのこころ、まちづくりのこころ、子どもたちが育つ場のこころ、環境のこころ、いろんなこころが詰まっていると思います。
だからこそモエレ沼公園は、ひとつの行為だけではなく、様々な行為や思いを載せて走る力を持った形になっている。それが具体的な形として、どんなものも受け入れる、象徴的で幾何学的な構成として表れているのだと思います。
その活用を模索することは、容易ではないでしょう。
それゆえにMFCは幅広い活動を目指し、多くの人たちの力を借りながら、幅を広げ、前に進もうとしているのでしょう。
それはとても立派なことだなあと、下っ端の私は思うのです。

そして、下っ端の私は、こうも思います。

「やっぱり、いかにしてモエレ沼公園で楽しく遊びうるのかを、モエレ沼公園で遊び狂ってさがすのは、その第一歩なんでないかい」
と。

その気になれば自転車で気軽に公園までいけることも、先日のサイクルツアーで明らかになりました。
空気が抜けてへこたれている私の自転車に、ひとたび空気を吹き込めば、モエレまではしってゆける自転車に生まれ変わります。
ひとりで遊び狂うのはいかにもさみしげですが、遊んでいる人たちを見ながら、「おお、こんな味わい方があるのか」と発見するのは大変愉快そうです。
それに、ひとりでも愉快にモエレ沼公園をかみしめることはできるでしょう。
噛めば噛むほど味が出るするめみたいな(失礼)予感がいたします。

研究部員としてはそれをまとめるべきなのではないかとも思います。
もし可能なら、イサム・ノグチ氏の計画意図と合わせて、あそびかたを眺めてみると、何か発見があるかもしれません。

これは愉快、さっそくやろうではないか。
とりあえず、修士論文が書きあがってから…。

こうしてアイデアは先延ばしにされてゆくのですね…。
私の悪い癖です。

大学の研究室で机にかじりつきながら、そう思うのでした。

事務局員 永谷